横浜市内で菅原道真公との由緒がある永谷天満宮に行ってきた

福岡の太宰府天満宮に由来のある永谷天満宮に行ってきました

 学問の神様菅原道真公に由来のある天満宮が横浜市内にありましたので、カメラを持って行って参りました。
 場所は横浜市港南区で最寄り駅は横浜市営地下鉄上永谷駅で、徒歩6分くらいの所です。

なぜ、横浜市内に菅原道真公由来の天満宮があるのか

 菅原道真公は延喜2年(902年)太宰府に着任してから自身の姿の木像を三躰(さんたい)彫刻して、その一躰を子供の菅原秀方淳茂卿に授け、淳茂はこの像を奉体し関東に下向し相模国永谷郷の下之坊(現在の貞昌院の前身)に居住した。幾人かの手を渡り、相模国八ケ郷八郷の領主、上杉刑部太夫藤原乗国に伝わり、夢のお告げにより社殿を祭祀したと伝えられています。その後、天分12年(1543年)に宅間伊織之介藤原綱頼は修造し、天正10年(1582年)宅間規富が社殿を新しく造営した。
 裏山にある筆塚は、淳茂の遺髪と筆を埋めたと伝えられ菅秀塚と呼ばれる。
 なお、三躰の彫刻のうち一体は福岡県太宰府市の安楽寺に、一体は大阪府藤井寺市の道明寺に安置された。

永谷天満宮への行き方は

 横浜市営地下鉄上永谷駅を降りたら北に向かって環状2号線に出て道沿いに西に向かってバス停永野小学校前を通り過ぎると左斜め前にある鳥居からお参りを始めると良いですよ。
 バス停永野小学校前に行く途中で永谷天満宮への近道が見えますがそこから入ると手水舎から奥に入った所にある社務所のある所に出てしまいます。

鳥居をくぐったら神牛像を見てから手水舎へ

 鳥居をくぐると左側にこの天満宮の由緒の書かれた案内があります。その先に歩いて行くと、右側に神牛像があります。学業の成就や健やかな成長を祈願して牛の鼻を撫でると良いと言われています。その先に、手水舎があります、手を清めましょう。

手水を済ませて社務所の前へ

 手水を済ませて階段を登ると左右に狛犬が2体あります。階段を上がると左手に社務所が見えて来ます。社務所の前に広いスペースがありますが、ここはお正月には大木を燃やして焚火をしています。歩いて進むと右側にお神輿が見えます。流石に学問の神様であられるだけあってか、途中で試験日当日に合格祈願の祈祷を受け付けてるとの看板を見ました、試験日当日の朝から祈祷してその日一日、本殿に名前を上げてお祈りしてくれるそうです。

いざ、本殿へ

 更にまっすぐ歩いて少し長い階段を登り切ると、本殿に辿り着きます。お賽銭を入れて二拝二拍手一拝してお参りしてきました。

菅秀塚・浅間神社・富士山眺望の丘

 本殿でお賽銭を上げてお参りしたら、右手の方に道は続きます。私が行った時にはしめ縄が張られていたのですが、菅秀塚への入口が見えます。しめ縄が張ってあり、立ち入り禁止なのかなと思ったのですが、ここが淳茂が関東に下向し相模国永谷郷下之坊に居を構え、朝な夕なに裏山天神山の山頂に立たれ遥か西方遠く大宰府に居られる父公に朝夕の御挨拶をされ遥拝し思慕せられたと云われ、その場所に菅秀塚の碑が建立されている所です。しめ縄をくぐり中に入ると階段と登り坂が続き草が茂って歩きづらいのですが上にまで登り切ると菅秀塚ありました。
 それと、ここから富士山が眺められて浅間神社がお祀りされているとのことです。
 菅秀塚の丘を降りて道沿いに歩くといくつか小さなお社がありました。菅秀塚の入口の脇に2つと階段を降りてもう一つ、多分お稲荷様だと思うのですがお社がありました。一通りお参りしてきました。

永谷天満宮縁結びのお守り

 本殿を参拝したらお賽銭箱の脇に縁結びのお守りの案内があって、男女の縁のみならず仕事の縁のお守りでもあると書いてあったのが気になって、社務所に行って一体600円で頂いて来ました。ブルーとピンクの二種類あって、私はブルーを選びました。良いご縁があると良いですね。幸運は人が運んで来ると言います。人との良縁は大事です。

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